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研究内容

統合失調症、気分障害、発達障害などの精神疾患患者由来試料、モデル動物に対し分子生物学的、神経科学的、行動学的観点などから多面的に解析を行っています。特に、東京大学医学部精神神経科との連携のもと収集された末梢血由来試料や、国内外の精神疾患患者死後脳バンクから供与された脳試料などを用い、患者由来試料を出発点にした研究に力点をおいています。


脳ゲノム解析―配列と修飾の多型性に基く精神疾患の病態解析

国際共同研究で10年以上かかったヒトゲノム解析が、現在では1つの研究室でも数日あればできるまでに身近になってきています。我々のゲノムに対する考え方も大きく変わりつつあり、不変で固定された真面目な情報のカタマリというものから、多型性に富み多くの修飾を受けているダイナミックで、またいい加減とも言える一面を持つことが明らかになりつつあります。

例えば、1つの神経細胞に含まれるゲノム情報は、核内ではテロメアの長さの違いに始まり、染色体異数性(特定の染色体本数が1本だったり3本だったりする)、コピー数多型、染色体微小欠失、トランスポゾンの挿入多型、1塩基多型など様々な種類の多型を含み、他の細胞のゲノム配列と違い得ることが知られています。程度や機能的な意義など不明な点が多いですが、我々の脳は異なるゲノム構造を持つ神経細胞の集合体であると言えます。

また、個体内外の環境要因の影響を受けてエピジェネティクな状態が変動することが知られています。以前は第5の塩基と呼ばれるメチルシトシンだけを解析していればよかったのですが、近年メチルシトシンが酸化されたハイドロキシメチルシトシン、カルボキシルシトシン、フォルミルシトシンなど様々な修飾状態が、特に脳神経系細胞において豊富に存在することが報告されています。多様なシトシン修飾の存在は、もはや分裂することのない神経細胞における能動的な脱メチル化反応の過程に関わっていると考えられていますが、その詳細はまだ明らかではありません。

分子精神医学講座では、上記のような脳神経系ゲノムの配列と修飾の多型性について、頻度やパターンの変化が精神疾患の病因や病態と密接に関係しているのではないかと考えています。研究対象は過去数年間で初めて報告されたような現象が多く、また、ごく微量の死後脳試料を対象とするため、既存の技術や試薬キットの利用では対応できない場合が多くなります。そのため、研究の大部分を解析技術の確立や条件検討に費やすこととなります。しかし、長い苦闘を経て得られたデータは、ルーチーンワークの研究では得られない、誰も目にしたことのないexcitingなもので、精神疾患の理解と治療のための新たなブレークスルーにつながることが期待されます。

分子精神医学講座では、理化学研究所脳科学総合研究センター及び東京大学精神神経科との密接な共同研究により研究を推進しています。ご興味のある方は是非ご連絡頂ければと存じます。

(先端医学社、雑誌分子精神医学 2013,138-139より加筆転載)




LINE-1と統合失調症

はじめに

2001年、ヒトゲノムプロジェクトの終了時にゲノム構成の概要が発表されたが、トランスポゾンと呼ばれる配列群が、全ゲノムの45%もの広大な領域を占めていることが示された。トランスポゾンとはゲノムDNA内を"動く"配列のことであるが、大きく2つのタイプに分けられる。一つはDNAトランスポゾンと呼ばれるタイプであり、自らの配列を切り取った後、そのまま別のゲノム部位に挿入する(cut and paste方式) ため、ゲノム上のコピー数は変動しない。もう一つはレトロトランスポゾンと呼ばれるタイプであり、自分の配列を複製したのち、別の部位に挿入する(copy and paste方式)ため、転移に伴ってゲノム上のコピー数が増幅していくことになる。これらの配列は生物学的に意味のない"がらくた”と見なされてきたが、近年になって疾患の原因になりうる例が報告されてきている。

 

LINE-1とは

レトロトランスポゾンの一つであるLong interspersed nuclear element-1 (LINE-1, L1)は、約6000塩基対からなる配列であり、5'非翻訳領域にセンス方向、アンチセンス方向のプロモーターを一つずつ含み、その下流に2つの翻訳領域 (ORF1, ORF2)を持つ。ORF1はRNA結合タンパク質、ORF2は逆転写酵素およびエンドヌクレアーゼをコードしている。転移のメカニズムとしては、ゲノム由来のRNAポリメラーゼによりLINE-1がRNAに転写されたのち、自身のORF2にコードされる2つの酵素を利用してcDNAを合成しゲノムへの挿入を行う1。LINE-1は1つの配列としては最大のゲノム領域 (17%)を占め、50万コピーほどがゲノム中に散在している。ただしその多くは欠失や変異などで転移活性を失った不完全な配列であり、活性を保っている完全な配列はゲノム中に100コピー以下と考えられている。LINE-1転移は生殖細胞や発生段階の初期で起きると考えられているが、通常はプロモーター領域のDNAメチル化やsiRNAによるLINE-1の転写抑制機構が働いているため、新規転移の頻度は20-200回の出生につき1回と推定されている。LINE-1の転移挿入が遺伝子をコードする領域や近傍領域に起きた場合、エクソン内であれば遺伝子の分断が生じ、近傍領域であればLINE-1内のプロモーターにより遺伝子発現に変動が生ずる可能性がある。また、異所性の組み換えの起点となりうることから、ゲノム不安定性が増すと考えられている(文献1)。このようなLINE-1の挿入により、遺伝子の機能が損なわれて生ずる疾患(血友病、福山型先天性筋ジストロフィーなど)がこれまで数十例報告されている(文献2)。

 

脳ゲノムにおけるLINE-1の体細胞変異

上記のような疾患では患者のすべての細胞で、LINE-1の異所挿入が検出されることになるが、1990年代から、大腸癌などにおいて癌組織でLINE-1挿入による遺伝子破壊が生じていることが報告されるようになった(文献2)。さらに2009年米国Salk研究所のFred Gageらのグループが、LINE-1の転移が生殖系列の細胞のみならず、ヒト胎児脳由来の神経前駆細胞でも起きることをin vitroで示した。また健常者成人の海馬、前頭葉などの死後脳組織と、同一人物の肝臓などの脳以外の組織におけるLINE-1のコピー数を比較した結果、脳由来のゲノムDNAではLINE-1のコピー数が増加していることが認められた(文献3)。LINE-1のコピー数上昇の程度は1.1-1.2倍程度であり、測定脳部位によっても程度が異なることから、全ての脳神経細胞で同じ割合でコピー数増加がおきているのではないと考えられる。彼らの解析では80回/1細胞の割合で、またヒト死後脳の単一神経細胞由来DNAを用いた他のグループの解析では0.6回/1細胞の割合で、LINE-1の新規挿入が起きていると推定されている。

 このような一部の体細胞で起こるLINE-1の挿入(somatic mutation; 体細胞変異)により、個々の細胞の性質が変化する可能性があるため、LINE-1が神経細胞の多様性に寄与している可能性が提示されている(文献4)。またLINE-1の体細胞変異が、いくつかの神経疾患に関わりを持つことを示唆する報告もなされている。Rett症候群の原因遺伝子であるMECP2に変異を持つ患者から樹立したiPS細胞由来の神経前駆細胞および死後脳、また毛細血管拡張性運動失調症患者の死後脳においてLINE-1のコピー数増加が報告されている(文献3)。

 

LINE-1と精神疾患

これらの報告を敷衍し、我々は精神疾患の病態にLINE-1が関与している可能性を検討した。米国スタンレー脳バンク由来の、統合失調症、双極性障害、大うつ病患者の前頭葉部位を使用し、肝臓に対する前頭葉のLINE-1コピー数を測定したところ、健常者と比較して疾患群においてコピー数の増加が認められた。特に大きな差異が見られた統合失調症に着目し、新たなサンプル群を使用して、死後脳組織を神経細胞と非神経細胞由来のDNAに分画した後、コピー数の測定を行ったところ、患者群の神経細胞においてLINE-1コピー数の増加を認めた。次に、LINE-1コピー数増加が環境要因・遺伝要因のいずれに起因するかを検討するため、神経発達障害仮説に基づく胎生期・新生児期の環境要因モデル動物(polyI:C投与マウス、EGF投与マカク)、遺伝要因モデルとして、統合失調症の大きな遺伝リスクと考えられている、22番染色体長腕 (22q11)の欠失を持つ患者から樹立したiPS細胞を分化させた神経細胞を用いて、LINE-1コピー数測定したところ、いずれの実験群においてもコントロール群と比較してLINE-1コピー数の増加を認めた。また次世代シーケンサーを使用して、健常者、患者3名ずつの死後脳および肝臓の全ゲノムシーケンシングを行い、脳特異的に挿入されているLINE-1のゲノムマッピングを行ったところ、健常者と比較して患者群では、シナプスなど神経機能に関与する遺伝子、また統合失調症に関連する遺伝子の近傍に多くの挿入が認められた(文献5)。

 統合失調症の神経細胞におけるLINE-1増幅のメカニズム解析、挿入部位のジャンクションを含む細密なゲノムマッピングや、脳部位ごとの解析など、多くの未解決な課題が残るが、本発見は生殖細胞変異の関連解析を中心とした従来のゲノム研究では明らかにされてこなかった現象である。

参考文献

1.           Cordaux R, Batzer MA. Nature reviews Genetics Oct 2009,10:691-703.
2.           Hancks DC, Kazazian HH, Jr. Current opinion in genetics & development 2012,22:191-203
3.           Thomas CA et al., Annu Rev Cell Dev Biol 2012;28:555-573.
4.           Muotri AR, Gage FH. 2006,441:1087-1093.
5.           Bundo M et al., Neuron 2014,81:306-313.
6.           Poduri A et al., Science 2013,341:1237758.

(先端医学社、雑誌分子精神医学 2014:138-139より加筆転載)

(岩波書店、科学8月号「統合失調症の患者死後脳ではLINE-1配列が増加している」はこちら)